TOKYO BRIDGE WALK

TOKYO BRIDGE WALK Vol.51「十間橋」

東京スカイツリーの麓、墨田区業平の横十間川と北十間川の合流地点に架かる「十間橋(じゅっけんばし)」は、1939年(昭和14年)に架橋された歴史ある橋です。

当時の欄干は墨田区内でも非常に珍しい石造りで、現在もその趣ある姿を残していて、十間橋からは、川の水面に美しく映り込む「逆さスカイツリー」が撮影できることで有名な絶景スポットになっています。

橋の名前の由来となった横十間川は、1659年(万治2年)に開削され、川幅が「十間(約18メートル)」あったことや江戸城に対して横に流れていたことから名付けられました。

当時は流域に銭貨を鋳造する「亀戸銭座」があり、水運の拠点として栄え、今でも周辺には下町の商店街の歴史も色濃く残っており、昔ながらの景観と現代のランドマークが融合したエリアとして親しまれています。

 

 

隅田公園

十間橋から北十間川を西へ、隅田川と合流する地点にある公園は、面積約8万平方メートルの広さを誇り、春には屈指の桜の名所でも知られ、夏には隅田川花火大会を観る人で賑わいます。

公園内の庭園は水戸徳川邸内の池等、遺構を利用して造られていて、関東大震災後で屋敷が全壊するまでは代々ここに住んでいたと云われ、その後は公園の一部として日本庭園へ姿を変えました。

今では、すみだの日常に触れ、まちを知るキッカケとなる「まちあるき拠点」という運営方針のもと、東武グループが北十間川エリアで培った観光・産業等の知見とノウハウを活かして、公園を中心としたエリア全体の活性化を目指しています。

公園内には、日本庭園を楽しめる和テイストのカフェがあり、カフェの営業時間外には地域の人に開かれた「公園の作戦会議室」として開放され、地域の方々の新たなコミュニティ拠点となっています。

 

 

牛嶋神社

貞観年間(859年~879年)頃、慈覚大師が一草庵で素盞之雄命の権現である老翁に会い、牛御前と呼ぶようになったと伝えられ、かつては隅田公園の北側にあったのが公園の工事に伴い、1932年(昭和7年)に現在の場所に移築されました。

本所の総鎮守として知られ、五年に一度の大祭では、今では珍しい黒雄和牛が神牛となり鳳輦(牛車)を曳き、鳳輦を中心とする古式豊かな行列が氏子五十町安泰祈願に巡行します。

境内の「撫牛」は自分の悪い部分と牛の同じ部分を撫でると病が治るという信仰で、肉体だけでなく心も治るという心身回癒の祈願物として有名で、他にも本殿前には全国的に珍しい「三輪鳥居(三つ鳥居)」と「狛牛」があります。

 

 

大横川親水公園

1993年(平成5年)4月に開園した親水公園は、一帯の付近を水害から守るために、南北に流れていた大横川の北部を堰き止め、埋め立てによって整備されました。

北は北十間川と合流していた付近から始まり、南は竪川との合流地点までの全長1.85キロメートル、面積は約63,300平方メートルには、せせらぎや樹木などが彩ります。

園内は北から、色彩豊かな花の広場と釣堀のある釣川原ゾーン、子供たちが遊べる広場のある河童川原ゾーン、緑豊かな渓谷と多様な生物が生息するビオトープ・花紅葉ゾーン、解放感のあるイベント広場・パレットプラザゾーン、スポーツ広場であるブルーテラスゾーンの5つのゾーンに区分されています。

 

 

たばこと塩の博物館

大横川親水公園沿いに建つ博物館は、日本専売公社(現・日本たばこ産業株式会社)により1978年(昭和53年)11月に設立された、専売品であった「たばこ」と「塩」の歴史と文化をテーマとする博物館です。

たばこは、アメリカ大陸の古代文明のなかで、儀式用の植物として人類に利用されたことを文化的な起源と云われ、16世紀以降、嗜好品として世界中に広まり、各地に特色ある文化が形成され、日本へは、16世紀末に伝来し、江戸時代を通して庶民文化にとけこみ、独自のたばこ文化が生まれました。

また、生命の糧として、古くから人類と深い関わりをもってきた塩は、岩塩等の内陸の塩資源に恵まれず、製塩に適さない気候の日本では、縄文時代以来、海水を原料とした濃い塩水を作り、それを煮つめるという独自の製塩技術が発達しました。

博物館では、「たばこ」と「塩」に関する資料の収集、調査、研究が行われ、その歴史と文化を広く紹介しつつ、幅広いテーマを取り上げ多彩な特別展が開催されています。

 

 

日頃、何気なく渡る橋にも、毎日通る道にも、その街の歴史や風情を見に、是非この機会に、いつもの街を少し視点を変えて散策してみてはいかがでしょうか。