JR飯田橋駅西口を出て直ぐの総武線と中央線を跨ぐ「牛込橋(うしごめばし)」は、江戸幕府が編纂した江戸の地誌「御府内備孝」によると、江戸城から牛込への出口にあたる牛込見附(牛込御門)の一部をなす橋で、「牛込口」とも呼ばれ、当時は重要な交通路であったようです。
また、現在の外堀になっている一帯は堀が開かれる前は広大な草原で、その両側には「番長方(千代田区側)」と「牛込方(新宿区側)」と呼ばれ、多くの武家屋敷が建ち並んでいたと伝えられています。
1636年(寛永13年)に外堀が拓かれた時に、阿波徳島藩主の蜂須賀忠英によって最初の橋が架けられましたが、その後の災害や老朽化によって何度も架け替えられ、1996年(平成8年)3月に、現在の幅15m、長さ46mの鋼橋が架橋されました。

神楽坂
橋の西詰から登る「神楽坂」は、1895年(明治28年)、甲武鉄道牛込停車場の開設をきっかけに商店街や住宅地として急速に発展し、明治時代後期には牛込エリア第一の繁華街となりました。
大正から昭和の初期にかけては「山の手銀座」とも呼ばれ、新しい東京の盛り場として賑わい、とくに善国寺毘沙門天の縁日は人気を集め、硯友社や早稲田派の文人たちが集まり活動する場となり、早稲田大学の学生たちの街でもありました。
坂名の由来には、明確な記述が残っておらず「市谷八幡の祭礼で神輿がここで神楽を奏する事から」「若宮八幡の神楽が坂まで聞こえてくる事から」「赤城明神の神楽堂があった事から」など、様々な説が伝えられています。
夏に開催される「神楽坂まつり」は、毘沙門天善國寺周辺で行われるほおずき市を中心に、今年で51回目を迎える夏祭りで、地元ならではの屋台が並び、祭りのハイライトの阿波踊りは、練習を積んだ踊り連が神楽坂のメインストリートを練り歩き、多くの観客を魅了しています。

毘沙門天善國寺
400年以上の歴史を誇る「善國寺(ぜんこくじ)」は、安土桃山時代の1595年(文禄4年)、池上本門寺の十二代貫首を務めた初代住職の佛乗院日惺上人により、馬喰町に創建され、たびたび見舞われた火災により、麹町に移った後、1793年(寛政5年)に、現在の地へ移転しました。
本尊の毘沙門天は江戸時代より「神楽坂の毘沙門さま」として信仰を集め、浅草正法寺、芝正伝寺とともに「江戸三毘沙門」と呼ばれ、現在は新宿山ノ手七福神の一つに数えられています。
開山の日惺上人が池上本門寺へ入山する際、関白二条昭実より贈られたとされる木造の毘沙門天像は、新宿区指定有形文化財に登録され、高さ30㎝の像は、通常は御簾が掛かっているため直接見れませんが、毘沙門天が寅年、寅の月、寅の日に初めてこの世に姿を現したとされる古事に因み、毎年1月、5月、9月の寅の日に、特別に一般公開されています。

「阿波守内」銘の石垣石
1636年(寛永13年)に、阿波徳島藩主、蜂須賀忠英により築造された「牛込門」は、当時、西側(新宿区側)の台地上に拠点をおいていた牛込氏・牛込城にちなみ、牛込方面への出口として名が付けられ、牛込から四谷にかけて谷が広がっていた場所を利用して、防御のために堀幅の広い外堀が築かれています。
1871年(明治4年)に門は撤去され、赤坂見附から牛込橋にいたる堀や土手の遺構は、1956年(昭和31年)に、江戸城外堀跡として国指定史跡として登録されています。
橋の袂に置かれている直方体の石は、門の基礎として地中に設置されていた石垣石で、はす向かいの富士見教会の建て替えがあった際に敷地内から発見され、ここに移設されました。
石の側面には「阿波守内」という銘文があり、蜂須賀家(阿波守)が牛込門の石垣工事を担当したことを裏付けています。

富士見町教会
1887年(明治20年)に創立された「富士見町教会」は、はじめ麹町一番町に建った140年近い歴史を持つ教会で、1906年(明治39年)に富士見町に移り名前も変わり、創立から38年間にわたり植村正久が牧師をつとめ、教会の基礎を築いています。
植村正久は、1867年(慶応3年)の大政奉還で1500石の旗本であった植村家が没落すると、父母と共に横浜に移り英学を学ぶために入った塾でキリスト教に触れ、1873年15歳の時に、生まれたばかりの日本最初のプロテスタント教会、日本基督公会で宣教師J.H.バラから洗礼を受けます。
伝道者を志しS.R.ブラウンの塾で学び、下谷教会の牧師となり、1887年に富士見町教会を設立し生涯その牧師を務めています。
有名な海老名弾正とのキリスト論争では、植村正久がキリスト教をどのように理解していたか、キリストの神性を明確に主張し、それによってキリストによる救いが実現することを明らかにし、十字架における贖罪を信じる信仰である「福音主義信仰」を展開したと伝えられています。

日頃、何気なく渡る橋にも、毎日通る道にも、そこで生活する人々と刻まれた歴史ある風情が残っています。
是非この機会に、いつもの街を少し視点を変えて散策してみてはいかがでしょうか。



