TOKYO BRIDGE WALK

TOKYO BRIDGE WALK Vol.52「ガス橋」

東京・大田区下丸子と神奈川・川崎市下平間を結ぶ多摩川に架かる「ガス橋」は、1929年(昭和4年)に東京ガスの神奈川の工場から東京へガスを送るために架橋されました。

当初はエネルギーの供給専用の「ガス導管専用橋」として計画されていましたが、両岸地域の住民から人も渡れるようにして欲しいと要望があがり、点検用の仮橋を人が往来できるよう拡張され、1931年(昭和6年)9月にガス人道橋となります。

昭和はじめの大田区下丸子付近には、白洋舎、日本精工、三菱精機などの工場ができ、川崎に住む工場で働く人々にとって、「ガス橋」は大変便利な橋として重宝された一方で、もともと人道橋として計画されていなかっらため、最低限の幅しない橋に自転車で渡る人やリヤカーを引いて渡る人で、度々争いが起こっていた事から「けんか橋」の別名もありました。

1950年代に増大してきた交通需要に対し、車の通行が可能な新たな「ガス橋」の計画が上がり、日本では最初の本格的な鋼床版箱桁橋として、1960年(昭和35年)6月に幅12メートル、橋長388メートルの大きな橋に生まれ変わり、今でも神奈川と東京都を結ぶ重要な交通路として活躍し、橋の下を通るガス管は、東京ガスのパイプラインの動脈となっています。

 

 

平間の渡し

1931年(昭和6年)、ガス人道橋が架橋されると役割を終えて廃止された「平間の渡し」は、多摩川両岸の下丸子と上平間を結ぶ重要なの渡しとして知られていました。

東海道と分岐して南品川から大井・池上を通り、川崎方面へ抜ける「平間街道」が多摩川を横切る地点に存在した渡し船で、江戸時代の地誌「新編武蔵風土記稿」に拠ると、江戸より往来の渡しとされ、10月から3月にかけては仮橋が架けられ、それ以外の季節は渡し船で渡る形式であったと記されています。

平間街道は、江戸時代に東海道の間道や生活路として利用された古道で、現在の東京都大田区と神奈川県川崎市を結び、その一部は「品川道」「池上道」とも呼ばれ、沿道の村むらが江戸市中へ野菜などを出荷する重要な生活路でもありました。

1876年(明治9年)大森駅が開設されると、街道は次第に大森へ向かう道へと変化し、1912年(大正元年)頃に大森~池上間に乗合馬車が登場すると、大森駅から都心へ通う人びとを運ぶ重要な交通路となりました。

 

 

六所神社

1234年(文暦元年)、四條天皇が天下を治めていた鎌倉時代に、地元の領主であった荏原左衛門義宗が多摩川下流のこの地下丸子に、武蔵国総社「大國魂神社」から勧請した六柱の神々を奉斎したのが「六所神社(ろくしょじんじゃ)」の創祀であると伝えられています。

また、「六所神社」を名乗る神社は日本全国に存在する事から、こちらでは地名を冠して「下丸子六所神社」とも呼ばれています。

創祀当時、一面が田畑の純農村であった下丸子は、多摩川の水害に幾度も被災していた地でもあり、大國魂神社の御祭神を祀る事で土地の開拓と農業の繁栄を願い、下丸子村の鎮守として村民から崇敬を集めました。

鳥居や石灯籠などが江戸時代のものが残っている他、拝殿が江戸時代から改築されつつ現存し、かつては「引牽(ひきめ)」や「麦搗(むぎつき)」といった神事も行われていましたが、今では「引牽」は「弓射(ゆみい)」という名で簡略化され、「麦搗」は行われなくなりました。

 

 

CANON

ガス橋東岸の高層マンションが立ち並ぶ下丸子の地には、カメラやビデオの製造で日本を代表するOA機器の総合メーカー「CANON(キヤノン)」の本社が建ち、昭和初期に発展した周辺の工業地帯の歴史を感じさせてくれます。

キヤノンの前身は、1933年(昭和8年)に創立した精機光学研究所で、1934年(昭和9年)に完成した日本産初の精密小型カメラの試作機が、観音菩薩の慈悲に感銘して「KWANON(カンノン)」、そのレンズを「KASYAPA(カシャパ)」と命名されました。

世界で通用するカメラのブランド名として、「規範」「基準」「原則」を意味する「CANON(カノン)」が、KWANONに発音が似ていることもあり、1935年(昭和10年)に採用され、日本語における正式な表記は「キヤノン」となりました。

 

 

三菱ふそうトラック・バス

川崎市中原区のガス橋通り沿いには、「三菱ふそうトラック・バス」の工場が広がり、その歴史は、「旧三菱造船(現在の三菱重工業)」が乗合自動車(ガソリンバス)を開発した1932年(昭和7年)に遡ります。

全長7メートル、排気量7ℓの6気筒エンジンを搭載し、当時としては驚異的な100馬力を発揮した38人乗りのバスを、当時の鉄道省への納車にあたり、三菱造船はバスを特徴的なネーミングで印象付けたいと考え、従業員への公募から「ふそう」名が選ばれました。

「日本の代表としてふさわしい」「日本と三菱を象徴する簡単な和名」「語呂が滑らかで誰にも親しみをもたれ、イメージが深く頭に刻み込まれる」というのが選考の理由のようです。

創業から90年以上、「ふそう=FUSO」ブランドは、ドライバーや運送業界から、信頼性と最先端性を兼ね備えていると評価を得ていて、世界中の過酷な環境下でも顧客の要求に応えています。

ガス橋を挟んだ両岸では、工業の進歩と共にで発展してきた街の歴史を、今でも刻み続けています。

 

 

日頃、何気なく渡る橋にも、毎日通る道にも、その街の歴史や風情を見に、是非この機会に、いつもの街を少し視点を変えて散策してみてはいかがでしょうか。