1872年(明治5年)の日本初の鉄道開通時に架けられた、日本最初の跨線橋の「八ツ山橋(やつやまばし)」は、当時の蒸気機関車は馬力が弱く急な坂を登ることができず、そのため、八ツ山から御殿山にかけての丘陵地を大きく「切り通し」にして線路を敷設した事で、分断された「旧東海道」を繋ぐために誕生しました。
今では、JR各線や東海道新幹線をまたぐ4代目となる萌黄色のトラス橋が架かっていて、並行して走る京急本線の「八ツ山橋梁」は、品川駅を出た電車が半径60メートルの急カーブを大きな車体をきしませながら通過する場所として、鉄道ファンの有名な聖地となっています。
また、1954年(昭和29年)公開の映画第1作「ゴジラ」において、東京湾から現れたゴジラが日本に初上陸した場所としても世界的にも知られ、劇中でゴジラがこの橋を破壊し、列車を掴み上げるシーンは特撮史に残る名場面として語り継がれています。
現在、周辺の渋滞や「開かずの踏切」を解消するため、京急線の高架化をともなう大規模な令和の再開発工事が進行中で、歴史とカルチャーが交差するこの景色も近いうちに見納めとなります。

旧東海道
江戸時代に幕府によって整備された五街道の筆頭である「旧東海道」は、江戸の日本橋から京都の三条大橋までを結ぶ全長約492キロメートルの道中には、「東海道五十三次」の名で広く知られる53の宿場町が配置され、旅人の利便性を高めるための本陣や旅籠、茶屋、荷物を引き継ぐ問屋場などが整備されました。
この街道は、参勤交代を行う各大名の大名行列や幕府の役人、物資を運ぶ商人、さらには一生に一度の「お伊勢参り」を夢見る一般庶民など、多くの人々が行き交う東西交通の最大の大動脈として終日賑わいを見せていました。
「天下の険」と恐れられた箱根峠などの厳しい山越えや、大井川をはじめとする大河の川越しなど数々の難所があり、当時の旅は命がけの側面もあったようです。
現代の旧東海道は、その多くが国道1号線や近代鉄道の基盤となる一方で、街道沿いには、当時の風情を今も残す松並木や一里塚、本陣跡などの貴重な史跡、そして歴史的な街並みが大切に保存されています。
江戸時代の歴史と文化を肌で感じながら歩く「街道歩き」のルートとして、現代でも多くの旅行者に親しまれ、愛され続けています。

品川浦船溜り
旧東海道品川宿の東側に広がる歴史ある舟だまりは、江戸時代に「御菜肴八ヶ浦」の一つとして数えられた有数の漁村で、獲れたての新鮮な魚を江戸城へ納める役割を担い、かつては海苔の主要な産地としても大いに栄えました。
1962年(昭和37年)に漁業権が返上された後も水辺の風情は守られ、現在も多くの釣り船や屋形船が舳先を並べて停泊していて、水路には1925年(大正14年)に架けられた重厚な石造りの「北品川橋」が残り、歴史の面影を今に伝えています。
伝統的な宿場町の風情を残す水辺の風景と、その背景にそびえ立つ品川駅周辺の近代的な高層ビル群との対比が最大の見どころで、過去と未来が同居する「東京を象徴する独特な絶景」として、しながわ百景にも選定されています。

御殿山
東京都品川区北品川に位置する、高輪台地の最南端にあたる由緒ある高台「御殿山(ごてんやま)」は、江戸南郊の景勝地「城南五山」の一つに数えられ、現在は都内屈指の高級住宅街として知られています。
地名は、江戸時代初期、徳川家康がこの地に将軍の休息所や鷹狩りの拠点となる「品川御殿」を建立したことに由来し、8代将軍吉宗の時代に桜が植樹されると、眼下に広がる品川の海や東海道を見渡せる江戸随一の桜の名所として、多くの庶民で賑わいました。
葛飾北斎や歌川広重の浮世絵にもその美しい風景が描かれていて、幕末には、品川台場(お台場)建設の土取り場となり、大きく地形を変えた歴史も持っています。
明治以降は富裕層の邸宅地、昭和期にはソニー創業の地として発展し、今では、高層複合ビル「御殿山トラストシティ」がそびえ立つ一方、敷地内には豊かな自然を残す「御殿山庭園」があり、今も四季折々の景観を楽しめる都会のオアシスとして親しまれています。

品川神社
東京都品川区北品川に鎮座する「品川神社」は、旧東海道品川宿の「北の天王」として、また明治天皇が定めた「東京十社」の一つとして古くから篤い崇敬を集めている歴史ある神社です。
その起源は平安時代末期の1187年(文治3年)に、源頼朝が海上安全と祈願成就のために安房国の天比理乃咩命を勧請して創建したことに始まり、後の1600年(慶長5年)には、徳川家康が関ヶ原の戦いへ出陣する際に参拝して戦勝を祈願し、見事に勝利を収めた御礼として、面や神輿、神楽などを奉納したことでも広く知られています。
境内には歴史的な見どころが数多く点在していて、表参道の入り口には、鳥居の左右の柱に昇り龍と下り龍の見事な彫刻が施された、都内でも極めて珍しい「双龍鳥居」が建ち、参拝者を迎えます。
また、急な石段の途中には明治時代に築かれた都内最大級の富士塚である「品川富士」があり、登頂することで本物の富士山に登ったのと同じ御利益を得られるとされ、境内奥の阿那稲荷神社にある「一粒万倍の御神水」は、金運や商売繁盛にご利益があると言われ多くの参拝者で賑わいます。

日頃、何気なく渡る橋にも、毎日通る道にも、その街の歴史や風情を見に、是非この機会に、いつもの街を少し視点を変えて散策してみてはいかがでしょうか。


